(あれ?此処は・・・?)
立ち止まりきょろきょろと辺りを見まわす。
後から入ってきた人々がその脇をぶつぶつと文句を言いながら通りすぎて行く。
(さっきまで、何してたんだっけ・・・?)
思い出せない、自分が何処から来たのかも、何をしていたのかも。
こんな所で立ち止まっていても邪魔だな・・・。
とりあえずもう一度歩きだし街の中へと入っていた。
宿に入ると何かてがかりになるような物がないかどうか、荷物を確かめてみる事にした。
杖が一本、薬の小ビンがいくつか、紙、ペン・・・
出しながら机の上に次々と置いてゆく。
その手が、途中でぴたりと止まった。
その手には
小さなナイフ。
象牙のようなものでできた柄に、銀細工のほどこされた黒い皮製の鞘。
儀式用のものだろう、ゆっくりと曲線をえがくそれはまるで・・・
(三日月・・・。)
震える手で留め金をはずし鞘から抜いてみる。
黒い鞘の中から真っ白な刃が現れた。
そうしてみると小さな月が空から降りてきたかのようだった。
軽く息を吐き出すと鞘にしまおうとする。
「あっ・・・」
刃先がそれて鞘を持っている手に刺さった。
驚いて手を離す。
ナイフはカランカランと、音をたてて足元に転がった。
だが本人はその事に気づく様子もなく
ただ、じっと自分の手を見つめている。
かなり深く刺してしまったらしく傷口から沢山の血が溢れ出ている。
血は床へと零れ落ち辺りに赤い雫を飛ばす。
だが・・・
「痛く・・・ない・・・?」
皮膚がぱっくり割れ血が流れている感覚はある。
しかし何故だか痛みだけが全く感じられない。
「なんで・・・」
傷口から目線をはずす。
目をやった床の上には小さな血だまりができていた。
その中に先程落としたナイフが無造作にころがっている。
まるで、黄昏の空に月が浮かんでいるようだった。
月が揺らめき、霞む。
そして辺りがゆっくりと暗くなっていった。
うっすらと目を開ける。
天井が見えた。
そのままの体勢で首だけを動かし辺りを見まわす。
先程とは違う部屋だ。まだ宿の中ではあるようだが。
右手が上手く動かない。
持ち上げて目の前に持ってきてみるとグルグルと包帯が巻かれていた。
「おや、気がついたのかい?」
ドアが開く音がして女の人が入ってきた。
「覚えてるかい?あんた、部屋で血ィ出して倒れてたんだよ。」
そう言って包帯の巻いてある手を持ち上げると新しい包帯に巻きなおす。
今一つよく思い出せない。
ボーっとした顔のままその人の顔を無言で見上げる。
「まぁ随分と血が出てたからねぇ、血が足りなくてまだ上手く頭がまわらないだろう。とりあえず、ゆっくりしておゆき。」
「あ、あの!」
急いで上半身を起こし出て行こうとする背中に呼びかける。
「有難うございます。こんな、手当てまでしていただいて・・・。」
「なぁに、困ったときはお互い様だろう。気にする事はないさ。」
少し照れた様に手を振り大きな笑顔で答えると、まだ寝ておいで、と言って出ていってしまった。
少し途方にくれた様子で元通り横になると布団を鼻の辺りまで引き上げる。
もう一度右手を顔の前まで持ってきて眺めてみる。
少し、薬臭い匂いがした。
なんだかよくわからないうちに頬が緩んでいる。
照れ隠しに小さく笑い声をたてると急いでその顔を隠すように頭のてっぺんまで布団をひきあげた。
ダイジョウブ。キット、ウマクイクサ。
頭の中で誰かが小さく囁いた。
誰だかはわからない。
だけれど、そんな事は今はどうでもよかった。
部屋の中にはいつのまにか微かな寝息が流れていた。
Music by Senses
Circuiti [記憶の欠片]